誰かの成功アプローチは必ずしもあなたの成功には役立たない

「ダイエットの本を読んだだけでやせた人はいない。誰かの成功アプローチは必ずしもあなたの成功には役立たない。」須藤元気

呼吸法マイブーム再来の時期は意外と長く続いていいて、最近読み進めている本に加えて、以前読んだ本も引っ張り出しては読み返し、ああでもないこうでもないと考えを巡らせている。

芸術系(音楽、歌、発声)やスポーツに関するものももちろん良いのだけど、武術系を極めた人のものがめちゃめちゃ面白い。

その理由について自分なりの推論を立ててみる。

  1. 科学、医学で解明、説明されている部分以外の、「人間のまだなんだかよくわからない能力」にアプローチし続けている。
  2. 日本人の体格(骨格、筋肉)を日本人のメンタリティーでどう活かしきるかを追求している。

以上の二つが「自分が武術系の本に惹かれる理由」であろうと、はい。

 

「呼吸する身体  武術と芸術を結ぶ」(坪井香譲著、新泉社刊)や「古の武術に学ぶ 無意識のちから」(甲野善紀/前野隆司 ワニ・プラス)

こちらの2冊は、とにかく武術を通して、人間というものと他のさまざまな現象を捉えるその着眼点と発想の柔軟さとスケールの大きさにヤラれる。

以前、市村正親さんのお書きになった「僕のカラダは考える」(扶桑社刊)を思い出した。

自分としては、“身体性”って言葉が一番しっくりくるのだけれど、“身体性”と一言で言っても、

哲学における身体性と、宗教における身体性と、心理学における身体性と、認知科学・人工知能における身体性は、それぞれ違うものらしい。

「習得への情熱 チェスから武術へ」(ジョッシュ・ウェイツキン著、みすず書房刊)を世界トップレベルのチェス・プレイヤーだった人が書いていることを考えてみれば、武術や芸術の身体性が人間の知能に直接強い関連性を持っていることは合点がいくのではなかろうか。

以前、本に短い期間(それも家族の付き添い)ではあったけれど、 空手に通っていたことがあって、その時にも呼吸の重要性はつくづく感じた。

最近では、呼吸と脱力が身体表現に与える影響の大きさも益々身をもって感じる。

(これは多分に、自分が年齢的に「筋力と勢いだけでは何事もなし得ない」状況になっているせいでもある。)

 

と同時に、

「いわゆる型通りに鍛錬を続けていけば、どんな人でもある一定の向上は必ずみられる」

としても、

やっている本人がどこか腑に落ちなかったり、不満を身体のどこかに残したままだと、結局その人の潜在脳力を発揮できないまま終わってしまうのではないかとしきりに思う。

 

真我の呼吸と身体性を持ってすれば、武術であろうと芸術(歌唱、ダンス)であろうと己の身体を通して「表現しきる」ことができるに違いない。

「守破離」

型から「離れ」て自在となり、新たな流派を生み出すところまで突き詰めていく心意気が重要なのだ。

「誰かの成功アプローチは必ずしもあなたの成功には役立たない。」という須藤元気さんの言葉はまさにこれを表している。

 

 

 

 

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