映像ミュージカルに何ができるか。果たして動画の可能性は?

少し前にtwitterで見つけて拝見した、こんなミニミニ・ミュージカルがありました。


(偶然にも、かつて、2003年の「レ・ミゼラブル」で 共演した伊藤俊彦さんが出演・演出していました。)

シンプルに「あ、これ好き。」と感じた作品でした。

コロナ禍、いろんな個人や団体がインターネット経由でなんとかして自分たちの活動を継続しようと、工夫を凝らしていろんなパフォーマンスを配信してました。

その間、そうした配信動画など拝見しながら芸達者な人もたくさん居て感心する一方で、生で配信することの技術的な難しさを感じたりもしましたね。

あとは、単純に「これって、ミュージカルなのか??」と感じるものもあったりして、改めて【ミュージカル】の定義の難しさを感じたような次第です。

そもそもミュージカルって、芸術と娯楽の境界線を行ったり来たりする、絶妙な妥協点みたいなもので、同じ「ミュージカル」って言葉を使っていても、実際には相当違ったものを「ミュージカル」として認識しているケースも少なくありません。たぶんね。

「雑煮談議はするもんじゃ無い」

って言い方があるそうですが、まさしくそんな感じ。

突き詰めていくと、きっとかなり主観的、感覚的なところに行き着きます。

で、この作品は「面白い」「好き」でした。

「面白い」とか「好き」っていうのはそれこそ感覚的、主観的なものですから、その理由は説明しようがありません。

ただ、昨年の春からコロナで在宅勤務が続く中、仕事で学生諸君に向けてミュージカルの歴史や歌唱、舞台制作についての授業動画をつくり続けている中で、改めてネットの潜在能力(?)や動画(編集)の今後の可能性などを痛く感じているところだったので、その点「どんな風に創ってるんだろう?」と、かなり興味惹かれたっていうのはあります。

そして、今日このprotopia musicalの水島由季菜さんが書かれたnoteを拝読。

これを拝読後に僕がしたtweetがこちら。


ここに書いた通り、「変化は既に起きている」んです。

それに気づいていない人、気づかないふりをしている人もいます、たぶん。

ただ、ふりをしたところで時の流れに飲み込まれて何の役にも立たないことは確かなので、これを読んでくれているあなたと私は自分の感覚を信じて進んでいきましょう。

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