ミュージカルはエンターテイメントとアートの妥協点
今日は、エンターテイメントとアート、そしてビジネスというものの関係性というか、バランスというか、そういうことについて考えてみる。
一口にエンターテイメントと言ってもいろんなジャンルがあるとは思うけれど、とりあえず自分が長く関わってきた世界から…。
「ミュージカルってそんなにいいものか?」
自分が長い間関わってきたミュージカルなんだが、ぶっちゃけ最近、そう思うことがよくある。
元々、天邪鬼なところのある、性格的にひねくれたところがある人間なので、こう、自分が歳を取って、周りの若者たちが
「ミュージカルっていいよね。ミュージカル楽しい♪ミュージカル知らないなんて、人生損してると思う!」
みたいな空気を醸し出してると、
「ふっ、ミュージカルってのはね、そんな薄っぺらい、浅はかなものじゃあないんだよ・・・。」
なんて、誰も聞いちゃいないのに、独りで皮肉たっぷりな笑いを浮かべながら、苦言を呈しているのである。
(…誰にだよ…。)
気をつけないと、老害になりかけているんじゃないか、自分は。
いろんなニュースで、ご高齢の政治家のお歴々の虚言・失言について知る度に、呆れ返る日々が続いているせいかも知れない。

ただね、そもそも、ミュージカル=エンターテイメントなんて誰が決めたの!
娯楽(エンターテイメント)は、ある意味「一時の現実逃避」の手段で、芸術(アート)は「現実に向き合う手段」であるのよ。
かのオスカー・ハマースタインⅡ世は、だからこそ、それ以前のミュージカル・コメディーとは一線を画すミュージカル・プレイ(=ブック・ミュージカル)のスタイルの確立を目指したはずなのよ。
自分が舞台の世界に足を踏み入れた時に、演出家が「劇場っていうのはな、カタルシスなんだ。人間、日々生きてたら段々と澱みたいなものが溜まってく。そういう澱が、劇場を出る頃には落ちてるんだよ。」と話していたのを思い出す。
とは言いながら、明るく楽しいエンタメ・ミュージカルにも、ものすごい魅力があるし、何より人を元気にするパワーがある。
その一方で、
(下世話な表現でもうしわけないが)エンタメ系(?)のミュージカルにもカネになるものとカネにならないものがある。
これは、仕事としてそこに関わろうとする人間にとってはものすごく重要な問題だ。
今となっては、そうした世界の中心からちょっとばかし離れた場所に暮らす自分としては、そうした違いを生み出す違いが何なのか知りたいと思う。興味が湧く。
それを知ることによって、この状況下苦しみ続けている日本のミュージカル界と、そこに関わる人たちが、この先どうしていくべきか、そのヒントを見つけられるんじゃないかなどと考えるんだ。
もしかしたら、多くのものが淘汰されるべきタイミングなのかも知れないと思ったりもする。
売れてる歌がいい歌だと思いたい
かつて“ジュリー”と呼ばれ、一世を風靡した男、沢田研二氏が人気絶頂の頃に「売れている歌が“いい歌”だと思いたい。」みたいなことをインタビューで話していて、単純なボクは「そうか、やっぱりスターは物の見方が違うな、ジュリー、カッコいい♡」なんて思ったものだった。
芸術と娯楽、アートとエンターテイメントの違いについて考える時、いつもジュリーのこの言葉を思い出す。

こんなこともあった。
劇団時代、劇中でシャンデリアが落ちてくるというぶっ飛んだ作品に出演していた時のこと。
わがままなプリマドンナ役で、実際にヨーロッパでほとんど「魔笛」の夜の女王一本で食っているような共演者が、「私は自分が歌いたい歌を歌うのよ、芸術家なんだから。いくらお客さんが観たがる(=チケットが売れる)からって、こんなに毎日同じ歌を同じように歌えと言われても、ロボットじゃないんだから。」とさらっと言ったのを聞いてカルチャー・ショックを受けた。
(ちなみにこの女性は、九州出身の、ものすごくフランクで、繊細で、気が良い人で、その素顔はわがままなプリマドンナからは程遠い人だった。)
この辺りに娯楽(エンタメ)と芸術(アート)の違いが滲んで見えるし、エンターテイメントをビジネスとして成り立たせるためのヒントが隠れているように思う。
良いもの創れば売れると思ってるけど、そうじゃない
エンターテイメントをビジネスとして成り立たせるための基本は、ただ自分が好きなものを創る、やってみせる、ことじゃない。
かつて、キャラメルボックスの制作の加藤昌史さんが、「みんな良いものを創れば売れると思っているけど、そうじゃない。」みたいな話をしていて、単純なボクは「そうか、やっぱりビジネスセンスのある演劇人は物の見方が違うな、加藤さん、カッコいい♡」なんて思ったものだった。
(今にして思えば本当に失礼な話だけど、当時、実際キャラメルの芝居を観に行っても、その作品はボクの目には「お金をかけた高校演劇」みたいにしか見えず、加藤昌史という、前説で絶妙なトークを繰り広げるその才能のおかげであれだけの人気を得ていると考えていた。)
つまり、買い手である観客が、その時代が求めているものを一足先に形にして、鮮やかに提示してみせることが、俗に言う「成功の秘訣」のはずなんだ。
あのフォードが残した名言、
「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。」
は、まさに言い得て妙だし、
スティーブ・ジョブズの、
「消費者に何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない。完成するころには、彼らは新しいものを欲しがるだろう。」
なんて言葉にも、やっぱりエンタメをビジネスとして成り立たせるヒントが詰まっているような気がする。

「事実がたとえわかっていなくとも、とにかく前進することだ。前進し、行動している間に、事実はわかってくるものだ。」ヘンリー・フォード
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