今、俳優・役者がこの先のためにしておけること

最近、何冊本を読みましたか?

最近、何冊本を読みましたか?

どんな本を読みましたか?

1ヶ月で、本にいくら使いましたか?

今、この質問に対して、

「え〜っと…」

と答えに窮しているとしたら、

俳優・役者としてこの先生き残るために、本を読むことの優先順位をあげませんか?

俳優・役者は“言葉のプロ”

俳優とは、役を演ずる者のことである。
演劇・映画・などで、そこに登場する人物に扮して、
台詞・身振り・表情などでその人物を演じる人のことである。

俳優を職業と捉えた場合、

  • 言語・非言語共に、表現力、コミュニケーション能力に長けている
  • その能力、スキルによって、不特定多数の人間に影響を及ぼすことができる

ということになるのだろうと。

ちなみに、一般に俳優役者というのは同義語として使われていますが、語源は全く別物です。

俳優という言葉は、古事記や日本書紀にも登場し、
(古くは「わざおぎ」=神を招く術を持つ人、と読んだ)

本来、

魔除けや豊作を願うために歌や踊りによって神様を喜ばせる人

を意味しました。

さしづめ、

神に仕えるミュージカル・スター

ってところでしょうか?

ただ、現代の解釈では、俳優・役者は、

台本(脚本)に基づいて演技をする

わけで、

 

言葉を扱うプロフェッショナル

であることが、一般人との差別化の境界線だと思うのです。

2次元(紙とインク…今ではデータの場合もあり得ますが)から3次元に。

観客が、目の前に居るその人物を、語るその言葉を、

実在のものであると信じられる

その臨場感を自らの肉体で創り上げられる

その能力を有しているからこそ、差別化がはかれるわけです。

(一部のジャンル、作品では「ビジュアル解禁!」と言って、視覚的要素に頼り、非言語コミュニケーション最優先で成り立つものもあることは、認めますし、それを否定するつもりは全くありません。)

俳優が発する言葉の中には二つの要素があって、それは、

  • 情報(事実)
  • 意見(感情、情念)

です。

 

情報というのは、その台本、脚本上の設定。
(時=when、場所=where、人=who、状況=how)

つまり、この場合事実と言っても、史実に忠実とは限らないということです。

意見(感情、情念)というのは、人物の内的コミュニケーションの発露。
(動機=why、外的コミュニケーション=how)

人間、自分のことさえよくわからないのに、自分以外の、しかも多くの場合、実在さえしない、創作された人物を演じるのに、

言葉に対して、深淵な知識と技術を持たずして俳優となれるはずもない

ですよね。(少なくともプロを名乗るとしたら)

 

そもそも、人は言葉を使わずに何かを考えることはできません

空腹でお腹が「グゥ〜」と鳴ったら、

「お腹空いたなぁ…」と考えるんです。言葉で。

 

人から何か言われて傷ついた時には、

「なんであんなこと言うんだろう…」と考えるんです。言葉で。

 

そして、(ここが重要なんですが)自分が知らない言葉で考えることはできません。

つまり、

自分の意見・感情、場合によっては情念さえ、自らの語彙に支配されている

ということになります。

 

ということは、

自分とは出自の全く違う人物を素の自分の語彙だけで表現しようとしたところで、

結局は、

自宅の庭にテントを張って、台所から晩御飯を運んで食べている超にわかなんちゃってキャンパー

にしか過ぎず、

どう転んでも冒険家ではない・・・。(当然ですが)

そんな、側から見たらかなりイタイ状態なわけですね。

「同志よ、これは本ではない。これに触れるものは、人間に触れるのだから。」ウォルト・ホイットマン

要は、

身銭を切って本を買う

買ったら読む

そして考える

具体的な行動に移す

ということです。

こんな偉そうに言ってる自分も、正直たいして本を読んできませんでした。

特に高校時代に音楽の勉強を始めてからは、
楽譜を読むことを優先にしないと、遅れを取り戻せなかったので。

 

その点、人生のこのタイミングになって本当に反省、後悔しています。

もっと本を読んでおけば良かった。

読んでおくべきだった。

 

「本を読む」ということは習慣です。

もし、台本・脚本を介して人と時間と場を共有することを生業としたいと思うなら…言葉に敬意を払いましょう。本を読みましょう。

もちろん、借りて読むんだって悪いわけじゃありません。

ただ、もし仕事として取り組むのであれば、商売道具として本を捉え、自己投資として本を手元に置きましょう。

時間とお金が両輪

とは言いながら、

身銭を切って本を買い、貪る(むさぼる)ように本を読むためには、二つのものが必要です。それは、

  • お金
  • 時間

今のあなたには、どちらがより豊富にありますか?

もしお金があって時間がないとしたら、どうすれば時間を捻出できますか?

もし時間があってお金がないとしたら、どうすればお金を捻出できますか?

 

そして、もう一つここで忘れちゃいけないのは、本にも当たり外れがあるということ。

オーディションと一緒です。

期待通りにいくとは限らない

というか、

期待通りになんかいくはずがない

ぐらいに考えておかないと、頭に思い描いたプランはすぐに頓挫します。

自分を変えるキッカケになるような本にはそう簡単には出会えないと思って、良書との出会いを待ちましょう。

数打たないと当たりません。

「一冊の本全て金言の宝庫」なんてこともまずありません。

何冊か読んだ中の一冊、しかもその中の数ページ、場合によってはそのうちのほんの数行が金言

というのが普通でしょう。

 

人間が「うまくいかない」と思っている時というのは、だいたいにおいて

「(自分の)思うようにいっていない」

時であって、その理由のほとんどは見通しの甘さと準備不足、経験不足です。

 

なので、まずは躊躇せずに気になった本、興味を惹かれた本を買いましょう。

身銭を切って本を手に入れましょう。

お互い、身を以て学びましょう。

「人は一年でできることを過大評価し、十年でできることを過小評価する。」A・ロビンズ

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