「変化の時代には学ぶ者が地上を制し、学ぶことをやめた者は自分の力を発揮できる世界がもはや存在しないことに気づく。」エリック・ホッファー(アメリカの独学の社会哲学者)
“withコロナ”の今、自分が学ぶべきこととは?
「慣れ親しむことは、生の刃先を鈍らせる。おそらくこの世界において永遠のよそ者であること、他の惑星からの訪問者であることが芸術家の証なのであろう」
これは、独学でさまざまな知識を学び、大学の研究員のポストまで用意されたにも関わらず、かつての放浪生活に舞い戻った孤高の哲学者、エリック・ホッファーの言葉。
現状、おそらく世界中のほとんどの人が否応なしに「慣れ親しんだ生」というものから切り離されつつある。
『アフター・コロナというより、最早“ウィズ・コロナ”だろう』と多くの知識人が語っている場面を多く見かけることから考えても、「以前の生活に」おいそれと戻れることは無いだろう事を前提に、今を生きる必要があるのかも知れない。
だとすると、「慣れ親しんだ生」に執着することは、(遅かれ早かれ)時代と自分の人生に歪みを生むことになるのだろう。
「やるべきか、やらざるべきか・・・それが問題だ。」
「今、やるべきことは何か?」
「今、自分が学ぶべきことは何か?」
「思考停止に陥ってはいないか?」
今、この瞬間にその答えが出せないのは承知の上で毎日毎晩考え続けている。
もちろん、“緊急かつ重要なこと”は進めつつ、だ。
厄介なのは、この“緊急かつ重要な事”を進める上でも、最早ネット上におけるさまざまなツールを使いこなす術を持ち合わせていないことには、立ち行かなくなっていることだ。
いや、自分は機械が苦手な超が付く文系人間のくせに新しモノ好きな性格が幸いして、これまで興味本位で首を突っ込んできたいろんなことと、それにまつわる知識の断片の寄せ集めで、むしろ「あれがこんなところで役に立つとは・・・」と思う場面が少なくない。
が、しかし、ネットの向こうには当然人間がいる。
そして、自分と周囲の方々との間にも、PCをはじめとしたツールやネットに関するリテラシーをはじめ、知識やスキルの差があるわけで、この混沌とした状態が何より厄介なものなのかも知れないと思い始めている。
変化は思いも寄らぬタイミングで想像だにしなかった方向から降って湧いたのだ。
「考えたところで何も始まらない」現状ながら、かと言って「考え続けないと何も始まらない」のもまた紛れもない事実なのだ。
「人間は、苦しめられ打ち負かされる時、なにかを学ぶチャンスを得る。」ラルフ・ワルド・エマーソン
YouTube、iMovie、QuickTimePlayer、etc. ・・・少しでも齧っておいたから今役に立つものがある。
今ほどそれを感じたことはかつて無かった・・・。

顔出しでビデオ撮るのだけはどうしても慣れないけど、斎藤一人さんも「逃げられるものは逃ればいいの。でも、逃げられないとなったらやるしかないの。」話していた。
そう思って・・・顔晴ってます。

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