ミュージカルの適正サイズ

「日本って、本当にミュージカル定着してるって言えるの?」みたいな?

最近、仕事や生きがいに関する本を読んでいるんですよ。

「仕事なんか生きがいにするな」とか「やりがいのある仕事という幻想」とかですね。

で、今「減速して自由に生きる ダウンシフターズ」ってのを読んでいて(まだ読み終わっていないんですが)、その中で、“適量生産”、“適量消費”、“廃棄なし”という言葉たちが出てくるんです。

で、ふと考えたんです。

「ミュージカルはどうなんだろうな?」と。

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「このミュージカル、本当にチケット売れてるんですか?」みたいな?

例えば、(ぶっちゃけ話)テレビ局主催の海外から招聘するミュージカルとか、(おそらく)けっこう関係者に招待券を撒いている場合もあるんじゃないかと思うわけです。もしくは関係者割引とかね。

そうすると、当然ながらいわゆる“シアター・ゴアーズ”ではないご婦人方とかご年配のご夫婦とかを客席でお見受けすることになりますわね。

で、そういう客層が多い公演は、当然客席がそういう空気になるし、そういう反応になるわけです。

「営業さんとか苦労してるんじゃないの?動員。」

「ハッピーなのは、海外から来てるチームだけなんじゃないの?家族連れで観光旅行気分で。」

「日本側スタッフは強行スケジュール(仕込み、バラし)で睡眠時間削ってるんじゃないの?飯も食えずに。」

な〜んて、余計な心配をしてしまうわけです、この歳になると。

逆に、特定の作品や特定の出演者の熱狂的なファンの方が大挙して押し寄せている公演なんかは、客席の温度からして違う感じがして、ビギナーなんかにしてみると、一種、自己啓発のセミナー会場に迷い込んじゃったみたいな妙な圧を感じます。

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「みんな大好きディズニー・ミュージカル」の功罪?

あと、大学なんかでミュージカル史について話をする場合、ディズニーが「美女と野獣」でオン・ブロードウェイに進出したことで製作費の基準が一気に上がり、それ以降のプロダクションはなかなか低予算のものがオンに上がるのが難しくなった・・・みたいな話題に触れるんですが、逆を言えば、それ以前ならオンでもやれたような規模の作品でもオフでやらざるを得なくなってるってことなのかな?と考えたりするんです。

その、製作費が跳ね上がったミュージカル作品を、(おそらくかなりの)高額なロイヤリティーを払って、日本語という極めて限られた観客層相手にしか言語でもって上演して、採算をとるというのは、かなり難度の高い商売をしようとしてることになるんじゃないでしょうか???

屏風と商売は広げ過ぎると倒れるって言うけど、あの規模の公演、あの海外スタッフ・出演者の数で、あの公演期間で、あれだけ会場変わって・・・元取って儲け出せてるとしたら、ほとんどイリュージョンじゃ・・・。

と思わずにはいられないんですよね。

もし、これを冒頭の表現に劇場版で置き換えたら、“適量制作(製作)”、“適量動員”、“死席なし”は到底成し遂げられていないんじゃなかろうか・・・と言うところ。

そんなこんなを考えると、日本の劇場事情や観客層の成熟度から言ったら、本当は(個人的には)「ファンタスティックス」や「I Do I Do」みたいな作品や、昔、木山事務所でやられていた「賢者の贈り物」、他にも野沢那智さんが薔薇座で取り上げていたようなミュージカル作品を、繰り返し上演できるような環境からコツコツと積み上げられるのが理想的なような気はするんですけどね、もちろん大型作品や海外組のがあっていけないわけじゃあないと思うけど。

アメリカン・サイズのMを日本人が着てもLサイズにしか見えなかったりするでしょ?

なんか、そんな感じがするんです。

メイクに衣装にウィッグに。

もしかしたら、これも歳のせいなんですかね?

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