イメージ・トレーニングの話

中学生の頃、姉がロックにハマってたんです。

クイーン、キッス、エアロ・スミス、T・レックス、セックス・ピストルズ、ランナウェイズ…etc.

田舎の学ラン姿の坊主頭の中学生だった自分には、とになくなんかとんでもない衝撃だった。

もちろん、当時はYouTubeなんてないので、情報源としてはLPレコードとミュージック・ライフとかロッキング・オン(だったっけ?)など、姉の買ったものを聴かせてもらったり、読ませてもらったり。

中でも、キッスのライブ盤にはのっけからやられっぱなしで、

“You want the best, you got it, the hottest band in land! KISS!!!”

のアナウンスまで丸暗記し、次に聞こえる(おそらく)火柱のような火薬であろう爆発音に被って鳴るギターの音に合わせて、襖を締め切った6畳の和室の中で坊主頭を振り回していたものです…。

“デトロイト・ロック・シティー”なんてたまらなかったし、“ベス”みたいなバラードも大好きだった…。

ジーン・シモンズの吹く火や、吐く血糊には興奮しまくっていたけれど、今にして思えば、決して動画でそれを見ていたわけではなく、ましてや生でなど見れるはずもなく、想像と妄想でそこを補っていたことになる。

それでも、ジーン・シモンズの真似をして舌を出し、ポール・スタンレーの真似をしてチューする時の唇(!?)の形でエア・ギターをかき鳴らしながら、所狭しとステージ(6畳の和室)を動き回っている自分に陶酔していた。

後に、ひょんなことから声楽を習い始めた時もそれは変わらず、ジュゼッペ・ディ・ステファノやマリオ・デル・モナコの歌声に合わせ、口をパクパクさせながら、やはりステージ(6畳の和室)から想像上の桟敷席に向けて、体全体で歌い上げていた。

側から見たら失笑以外の何も生まれないような滑稽で痛々しい姿だったのだろうけど、後に自分が曲がりなりにもプロとして舞台に立てたのは、あの時のイメージ・トレーニング、成り切り生活があったからこそだと、まじめにそう思う。

結局、想像力って、欠乏と欲望の中から生まれてくるんだよなぁ、と感じるわけよ。

先に全てを(本当はそんなの全てじゃないんだろうけど)見れちゃったら、あんまりその先想像が膨らまない。

全部わかったつもりになっちゃうから。

この「わかったつもり」が何より恐い。

自重しよう、自戒しよう。

「知ってる知ってる」

と軽々しく口にしない。

「そんなことはわかってる」

と口が裂けても言えない。

…いや、口が裂けたら痛いだろうから、つい言っちゃうかも知れないな…。

でも、我慢しよう。

欠乏と欲望を持てなくなったら、その時は自分にとっての大ピンチ。

ライト兄弟だって、欠乏と欲望から始まり、想像を超えて妄想へと広がり、それを信じたからこそあの偉業を成し遂げられたに違いない。

そして、

これがもう一つ、めちゎめちゃ重要なことなんだけど…

それを実行に移したから、現実になったんだよね。

「〜したいと思います。」

とも、

「〜したいです。」

とも、

「〜します。」

は違うわけで、そこんとこ、自分では自覚できてない場合も多いんだけど、腹が決まってる人は使う言葉も違ってたりする。

イメージ・トレーニングが効果的に働き過ぎて、現実と想像の区別がつかなくなってる可能性が無いわけでもないので…気をつけなきゃいけないんだけどね。(笑)

Kobayashi Hitoshi

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