「それでも夜は明ける」か?
「奴隷制度が悪くないならば悪いものは何もない。」
リンカーン『ホッジスへの書簡1863/4/4 』
どうも。いろんなしがらみがあり、最近、アフリカ世界の歴史と文化について学んだりしてる小林です。
・・・なんて偉そうに言ってますが、実はアフリカの地名を本の上で追うだけでいっぱいいっぱいです。正直なところ。
大西洋奴隷貿易〜植民地化あたりのことを文章で読んでも地名や人名もたくさん出て来るし、なかなか頭がついていかない。
“奴隷貿易”なんて言葉がそもそもショッキングだし、そこから改善すると見せかけての植民地、みたいな流れや、
ヨーロッパ系の人間によるキリスト教の布教が実際どんな意味を持っていたか?
なんてことは、文字で読むだけでは(かつて受験勉強で覚えた年号の語呂合わせのように)大した意味を持たずに終わってしまう。
そんなわけで、映画で何か助けになるものはないかと探して見つけたのが「それでも夜は明ける」(邦題)という作品。
1840年代アメリカが舞台の、実話に基づいて制作された映画だという。
が、この映画よくよく見ると原題は、“12 Years a Slave”(「奴隷として12年」とでも訳すべきなのだろうか?)。
現実の持つ凄さの前には・・・
昨今話題の「ボヘミアン・ラプソディー」を例に出すまでもなく、芝居や映画で実在の人物を役者(俳優)が演じる場合、「似ている度合い」とか「実在感」みたいなものが話題の中心になることが多いんだけど、この映画「12 Years a Slave」は全く違った。
とにかく、
「・・・こんなことが実際あったのか・・・」
という、
“現実”というものの持つ重みが絶えずのしかかってくる・・・。
(個人的には後半登場するブラッド・ピットの役も願わくば全然別の役者にやっていて欲しかった。
これはブラッド・ピットという役者の演技力がどうこうとかいう意味ではなく、
「わぁ、ブラッド・ピットだ。」
としか観れなくなっている自分の問題であるのかも知れない・・・。)
これ、白人の俳優たちはどんな気持ちで黒人の俳優たちと向き合っていたんだろうか。
撮影現場で、撮影していない時に、お互い普通に言葉を交わせていたんだろうか。
現代だってとてもじゃないが解決できてなどいない“人種差別”という人間の中に巣食う意識を感情と、歴史上に長く刻まれている“奴隷”という凄まじい真実(現実)を、のほほんとソファに座って観ている自分に寒気がするのだ。
現実からあまりに遠い現実
「12 Years a Slave」で受けたショックから立ち上がりきれずにいるところ、もしかしたらそのショックに背を向けたかったからなのかも知れないけど、立て続けにこんな映画を観てみた。
「Get Out(ゲット・アウト)」という作品。
ウィキペディア先生によれば。
2017年にアメリカ合衆国で公開されたホラー映画である。
白人のガールフレンドの実家を訪れたアフリカ系アメリカ人の青年が体験する恐怖を描く。
である。
そう、舞台は現代ではあるけれど、キーワードとなるのは“アフリカ”、“黒人”である、そんな作品。
終わってみれば、ツッコミどころは複数ある映画だった。
けれど、今回もやっぱり、
「白人の俳優、黒人の俳優、お互いにどんな気持ちで向き合っていたんだろう。」
と考えずにはいられない映画だった。
現実的に考えれば、例えばその役を演じている白人の役者自身は差別的思想や感情を一切持っていなかったとしても、彼や彼女の家族、友人、親戚にそうした思想や感情を持つ人間がいる可能性はゼロではないではないか。
日本に生まれ暮らしている自分としては想像もつかない世界。
翻訳ミュージカルの限界
かの有名な「A Chorus Line」(コーラスライン )というミュージカルの作品中、自分の身の上を話すよう演出家から求められた受験者の中の一人、リチーという黒人男性のキャラクターが“I’m Black.”(「黒人です。」)と自己紹介する台詞がある。
これには、「黒人というだけで(実力はあっても)合格にならない、採用されない、仕事にありつけない」とかいった、
要は「肌の色が理由でいろんな差別を受けている」というバックグラウンドが表現されているんだと思う。
「それで落とすんなら、どうぞ落としてくれ。」
そんな、開き直りみたいなニュアンスがあるのかな、と思ったものだった。
(ちなみにこの場面、劇団四季版だと「男です。」という日本語になっている。)
劇団四季が上演するミュージカルでいえば、「ウエスト・サイド・ストーリー」の中にも、
「イタ公!」「アイルランドのブタ!」
なんて罵り合う場面が出てくるが、果たして日本人の俳優がどれほどの実感を伴ってこの台詞を吐けるんだろう?
いくら髪の毛を金髪に染めたところで、ファンデーションで肌の色を黒くしたところで、その実感は変えようがないだろう?
(もちろん、今現在アメリカに暮らす若者たちだって、1950年代の移民2世とかの若者と同じ実感を持って、こうした台詞を言えるわけじゃないことはわかっているけど。)
昔々、確かこまつ座の芝居で(「イーハトーボの劇列車」という宮沢賢治を題材にした作品の中だったんじゃないかと思うんだけど)
「五圓五十銭」という言葉が何度も台詞の中に出てきて不思議に思っていたところ、その芝居に連れていってくれた人が、
「中国の人は濁音が上手く発音できないから、『五圓五十銭』が「こえんこじゅっせん」になる。戦争当時、それを利用して日本人と中国人を見分けてたんだよ。」と話してくれたのを聞いて、なんだかものすごくショックだったことを覚えている。
ただ、これは、逆に肌の色じゃ見分けがつかないから起きてたことなわけで、差別というよりはむしろ区別するための手段といえば言えないこともないか・・・。
翻訳もののミュージカルで、特に人種問題が絡むこうした作品を日本人が演じるには自ずと限界があると思う。
自分たちはいったい誰を演じるべきなのか?
じゃあ、いったいボクたちは誰を演じるべきなのか?
どんな作品に関わるべきなのか?
そんな作品なら、実感を持って舞台上に居られるのか?
その台詞を吐けるのか?
その答えは・・・ま、そうそう簡単には出ないよね。
何故なら、ミュージカルは娯楽と芸術の境界線上にいるから。
そんなことを考えながら、今夜も夜は更けていく・・・。
んじゃ、アリベデルチ!
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