「舞台で食べていく」のと「舞台で生きていく」のは別だろうという話

「何のためにやっているのか?」

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劇団四季の創立者であり演出家である浅利慶太さんがお亡くなりになったことで、いろんなところに記事が出ている。

そんな中、たまたま見つけた文春オンラインというページに載っていた手記(出典:文藝春秋2016年9月号)に、こんな一文があった。

演劇の世界では、素質と能力に恵まれた若い役者は増えたけれど、「祈り」がない。演劇を愛し、芝居に全身全霊で魂を注ぎ込むというより、職業として役者を選んでいるのかもしれません。(http://bunshun.jp/articles/-/8203)

劇団四季が劇団創立当初から掲げていた目標の一つが「芸術の一極集中を崩す」ということであり、もう一つが「役者が舞台で食べていける」ことだったと聞いている。

そのとてつもなく大きな目標、夢であった「役者が舞台で食べていける」ことを一代で成し遂げてしまった超人的な存在。

その人がその夢の先で見た理想と現実とのギャップが語られているのかも知れない。

稽古場で何度も聞かされた話で、「コーラスライン 」初演の時の訳詩の話があった。

“What I did for love.”というナンバーの歌詞。

「全てを捨てて生きた日々に悔いはない」

という部分。「全てを捧げ」「全てを捨てて」の二つに意見が分かれたそうな。

“捧げ”派“捨てて”派

劇団創立メンバーの方々が“捧げ”派、ラインのキャストを中心に当時の若手俳優たちが“捨てて”派。

結局、(たしか藤野節子さんだと思うけど)「舞台でその台詞を言う役者が実感を持って言える方がいいんじゃない?」と言う意見で、「全てを捨てて」になったと言う経緯があったんだと、本当に繰り返し聞かされた。

「俺たちには捨てられるものは何にもなかったから。みんな、自分たちが持ってるもの全部差し出して芝居をやってたんだ。」

と演出家は話していた。

「職業としてやる」ということ

もうだいぶ昔の話になるけれど、サッカーの中田英寿さんが何かのインタビューで「サッカーは仕事でやってますから。」と答えているのを見て、すごく共感した。そういう時期が自分にあった。

また、別の時には、ウィーン国立歌劇場やメトロポリタン歌劇場でオペラ歌手として活躍のキャリアの真っ最中にあっさり引退し、沖縄県立芸術大学大学の先生になったテノール歌手(現在は名古屋音楽大学の客員教授のようだ)ウーヴェ・ハイルマン氏が、とあるインタビューで「何故、キャリアのピークとも言えるようなタイミングで引退したのですか?」という質問に(今、ここまで書いて思い出したんだけど、もしかしたら宮本亜門さんとの対談だったかも知れない)、「オペラ歌手としてのキャリアの毎日には、自分自身の生活がなかったからです。」と答えていたのにも(レベルはとんでもなく違うけれども)ものすごく共感した記憶がある。

“好きなことが仕事になる”ことで、自分がそのことが本当に好きかどうかわからなくなる時があったり、そこでのある一定の学びを終えて他のことに興味や意欲が向くタイミングが訪れたりすることは、幸運にもそれ(好きなことで食べていくこと)を経験できた人間でないと実感としては理解できないことなのだろうなと思う。

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「仕事」「職業」という概念自体が変わってきている

自分がかつて生業としていた舞台俳優の世界を目指す人たちを教える立場になって、「プロを目指す」ということの意味を考える機会が幾度となく訪れた。

プロって何だ?プロとアマの違いは?どんな尺度で測るんだ?どうなったらプロなんだ?

ほとんど全てと言ってもいいくらい、若者たちは、

「バイトしないで食っていける」「舞台だけで生活できる」

のが目標なのだと言う。

でも、ちょっと待ってくれ。じゃあ、なにかい、君は

誰かがお金を払ってくれないんなら歌わない(踊らない、芝居をしない)

っていうのかい?

そんな質問が頭の中でぐるぐると繰り返される。

ま、結局は自分に対して繰り返される質問となり、決して声にはならないまま終わるのだけれど。

「そんなはずはない、だって最初はただただ歌っているのが楽しいだけだったんだから。」

昔々、“お金の神様”邱永漢さんの本を読んだ時に、

「月30万円稼げるかどうかがプロとしてのボーダーライン」

って書いてあったのを今でも時々思い出す。

その時と今とじゃいろんな環境やら条件やらが変わっているとは思うけど、とにかく

「お金というのは人の営みの何かを表す上で、すごく明確な尺度になるんだな。」

と感じた。

斎藤一人さんの本でも度々出てるような気がする。

「元取って儲け出すのがプロ。」

とかね。

これからの稼ぎ方を考えたい

最近読んでる本の中には、西野亮廣(キンコン西野)氏の「魔法のコンパス」「革命のファンファーレ」や、前田裕二氏の「人生の勝算」堀江貴文(ホリエモン)氏の「これからを稼ごう」佐藤航陽氏の「お金2.0新しい経済と生き方」みたいなお金と生き方が絡んだものがかなり多い。

今の時代なら、「捧げ派と捨てて派のどちらか」の二者択一でなくて、もっと他にも選択肢があるんじゃないかと思うから。

というか、あるんだよね、実際。既に目の前に。

「舞台で食べていく」のと「舞台で生きていく」のは別だろうという話

例えば、親が死んで莫大な遺産を相続したとする。

生きていくために働く(=労働をする)必要がないとしたら、舞台に出て必ずしもギャラをもらわなくても問題ない。

となれば、アーティスティックな側面から自分が出たいと思わない作品には出なくなるかも知れない。

あなたが目指しているのは「舞台で食べていくこと」なのか、それとも「舞台で生きていくこと」なのかという話。

あ、両方かも知れないけどね。

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