他の人にできなくて役者だからできることは何だろう?
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舞台(つまりは役者)に憧れる人は、後から後から掃いて捨てるほど出てきます。
素人やアマチュア劇団ならいざ知らず、舞台に立つことでお金を稼ごうなんて思ってるとしたら、世の中そんな甘いもんじゃございません。
かくいうワタシも、それなりにアルバイトしたりとか、そういう経験してきました。
ただ、まぁ、初舞台踏ませてもらった劇団が、
「役者が舞台出演で食べていけるようにする。」
を目指し、それをやってのけたところでしたから、その間は専業主婦ならぬ専業俳優だったわけです。
あとは、幸か不幸か人様に「歌を教える」ことにおいて学歴とスキルとそれなりの経験があったので、ごく一般的な役者に比べればはるかに恵まれていたことは確かです。
それでも、ある時期経済的に困窮し、一方では歌を教えることにも情熱を感じられなくなり、教えることでお金を稼ぐということにも嫌気がさして遠ざかったりしました。
「こういう空いてる時間をお金に変えられないか?何だったらできるだろう?」
とその頃から考えるようになっていったのは、まぁ年齢的なものもあったのだと思います。
そんなことを考えながら求人誌をめくっていて目についたのが、
「ブライダルMC募集」
の文字。披露宴の司会者です。

人前で喋ることならそれまで大劇場でやってたんだから、できるだろうと高を括って申し込んでみたものの、実はそれまで、明日自分が日本のどこにいるかさえわからないような劇団で生きていたので、披露宴に出た経験と言えばたったの2回。
これって、ミュージカルの生の舞台を観たのがたったの2回なのに「ミュージカルやりたいです。」と言って、将来目指す職業の欄に「ミュージカル俳優」と平気で書き込む、昨今の勇気ある若者たちとあんまり変わりません・・・。
ところが、その募集広告を出していたブライダル事務所が、後発の小さなところだった(いまでは、名前聞いたらブライダル業界の人は知らない人がいない大手になってます)せいもあってか、攻めの姿勢の社長夫人が目を留めてくれたおかげで一発合格。
晴れてブライダルMCとしてのキャリアを踏み出しました。
知られざるブライダルMCの現実
ブライダルMC、つまり司会者には大きく分けると2パターンあって、ホテルや宴会場(要はホームグラウンド)専属の司会者と、事務所から派遣されてレストランやゲストハウスのようにその度違う現場で司会を担当する司会者がいます。
ボクを採用してくれたの事務所は後者で、当時新しい取引先を次から次へと開拓に走ってました。
さらに、ブライダルの司会者は新郎新婦と基本1回だけ進行の打ち合わせをするんですが、もしそこで新郎新婦が担当の司会者が気に入らない場合には、チェンジができるというシステムがあったのです。
そして、このシステムのおかげで、ボクのブライダルMCデビューはどんどん前倒しになり、何と2回ほど披露宴を影から見学したぐらいで最初の打ち合わせを迎えることになってしまったのでした・・・。
新郎影出しって・・・何?
忘れもしない、最初の打ち合わせは表参道駅にほど近い、あの今○美樹さんが挙式&披露宴をやった高級ゲストハウスでした。
クライアント(つまりゲストハウス)のブライダル・コーディネーターさんと新郎新婦との打ち合わせに同席する形で、進行表(といっても、ホテルや宴会場のように決まり切った流れではなく、新郎新婦の好きなようにアレンジできるかなりラフなもの)を埋めていきます。
それ以前の打ち合わせや雑談の中で出てきているものに関しては、コーディネーターさんがその場で(口頭で)教えてくれました。
「ここでケーキ入刀。でファースト・バイトありです。その後のご新婦の中座・お色直しは洋装から洋装です。」
と言った後にコーディネーターさんが耳元で囁くように言いました。
「ご新郎カゲダシです。」
「あ・・・、はい、わかりました。」
と笑顔で答えたものの、頭の中は、
「カゲダシ!?カケダシ?・・・ハゲだし?いやいや、そんなわけはない。」
と超高速で思考が空回りして嫌な汗が吹き出します。
コーディネーターさんが新郎新婦を案内して何かを見に席を外したその瞬間を逃さず、事務所の社長夫人に速攻電話。
「もしもし、小林です。すみません・・・シンロウカゲダシって何ですか?」
こんな綱渡りみたいなことを最初のうちは結構やってました。
ちなみに、新郎影出しっていうのは、披露宴の中盤に新婦がお色直し(衣装チェンジ)のために中座(一旦席を外し会場から姿を消すこと)することが多いんですが、その時に新郎がエスコートして華々しく会場を出て行くパターン(演出)もあれば、新郎はその場に残り(友人や親戚から半ば無理やりお酒を注がれ)あとでひっそりと会場を後にするというパターンもあるんですね。
この後者が、新郎影出し。

気になるギャラは?
もう何十年も前の話ですが、披露宴2時間1本やって2万円、人前式(神前やキリスト教式の式には出番はないけれど、宗教にとらわれない形の人前式には結構お呼びがかかった。)1本1万円ぐらいだった気がしますね。
ただ、ゲストハウスに新郎新婦が支払う司会者代金は8万円とかで、そこからゲストハウスと司会者派遣してる事務所がそれぞれ取り分差っ引いて、最終的に司会者に渡るギャラが2万円ぐらいという世界なんで、直接頼めるアテがあるならその方がかなりお手頃価格で済みます。
ブライダルシーズン(6月=ジューンブライド、9月〜11月中旬ぐらい)には土日両方とも2本ずつで4本。それを2週続けてなんてことも。しかもマチネ・ソワレ(これは舞台人用語か)別会場とか・・・。
それぞれに打ち合わせ(平日夜か土日)して、進行表作成したり自分用にメモ作ったりと事前の準備も必要なので意外と楽じゃないんです。
主役は新婦。でも、現場は意外と男と男の真剣勝負!?
ボクがお世話になってた事務所では
- 司会者は自己紹介しない
- 「花嫁が幸せ色に頬を染めて」みたいな昭和演歌調のダサい言い回しはダメ
- 「え〜」とか挟まず喋る
など、ブライダルMCについての明確なイメージがあり、その点はかなりシビアにチェックしてました。
あくまで主役は新婦。司会者が出しゃばらない。
MC得意な人って、大体が元来出たがりな人が多いので、披露宴の現場で必要以上に司会者が前面に出てきちゃう傾向が強いらしく、その点をかなり嫌ってました。
ボクが出入りしていたようなゲストハウスやレストランは、基本配膳チーフの判断でパーティー(というかコース料理)が進行していくので、この配膳チーフとの目と目で交わす駆け引きというかコミュニケーションが非常に重要なんです。

MC(マスター・オブ・セレモニー)と言いながら、影のドンは配膳のチーフってのが正解かも知れません。
ゲストハウスやお高いレストランの配膳チーフは恐いですよぉ。
値踏みされるんです、初めて行く会場では。
「この司会者、使えんのか?」
みたいな目で見られ、こちらが笑顔で爽やかに挨拶しても、まともに挨拶返してくれない人とか結構いました。
そうした中で、
コース料理の配膳の流れを妨げず、間が空くことなく、時間通りに、和やかに進行をリードできるかどうかが、ブライダルMC、司会者の腕の見せどころなわけです。
見事お開きまで辿り着ければ、あんなに無愛想だった配膳のチーフが「ありがとうございました、またよろしくお願いします。」なんて向こうから挨拶してくれたりする。
これは、男の真剣勝負に勝ったみたいな気がして嬉しかったですね。(笑)
下手は許す、嘘は許さない
アニヴェルセル表参道、広尾アプローズ・スクエア、箱根のオーベルジュ、オー・ミラドー、青山のマノワール・ディノ、白金のステラート、などなど、いろんなところで司会させていただきました。
中には、
「自分たちの結婚式の後、友人の結婚式はじめいろんなパーティーに出ましたけど、やっぱり小林さんの司会が一番素敵でした。」
なんてハガキを下さった新郎新婦も。

そんなブライダルMCから足を洗うきっかけになったのは、事務所がだんだんと忙しくなり、司会者の数も増え始めた頃、
「新郎新婦の打ち合わせの時に、役者をやってると言わないように。」
と言われたことでした。
事務所にしてみれば
「うちの司会者はみんなプロ中のプロ」
と売り込みたかったのでしょう。
自分としては小物は小物なりに舞台に立つことへのプライドみたいなものがあったので、
「そんな嘘はつきたくない。」
と言ったら、
「役者さんっていつも舞台で嘘をついてるわけじゃない?」
と返され、頭の中で「プチっ!」と何かが切れる音がしました。(笑)
かつて、劇団で子どもミュージカルの稽古中に演出家にこう言われたことがありました。
「芝居の下手は許す。芝居の嘘は許さない。」
自分なりに、自分は役者の端くれだと思っていたんでしょうねぇ・・・。
「ブライダル」の文字を目にする度に、今でもあの頃のことを思い出します。

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